大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(ヨ)3975号 決定

申請人 庭本光康 外四名

被申請人 中央観光株式会社

主文

被申請人は申請人らに対し各金六〇、〇〇〇円を仮に支払え。

申請人らその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

被申請人会社(以下、会社と称す)が旅行斡旋と自動車旅客運送事業を主たる事業とする会社であり、申請人らが右会社の従業員であつたこと、会社が申請人らに対し昭和四五年一一月二六日付をもつて料金を着服したとして懲戒解雇の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争がない。

ところで、申請人らは、右解雇の意思表示は昭和四五年九月九日締結せられた労働協約による事前協議の定を遵守せずしてなされたものであるから無効である旨主張するので考える。

本件疎明資料によると、申請人ら会社従業員二四名は同日全国自動車交通労働組合大阪地方連合会中央観光労働組合を結成したのであるが、同組合は即日労働条件の向上確保のため会社に団交を申し入れ、労働条件の変更については労使協議の上決定すること等を協約したこと、そして右団交において労働条件について具体的に論議の対象となつたのは主として配置転換労働時間賃金等についてであつて、普通解雇、懲戒解雇について特にこれを除外する旨の定めをしていないことが疎明せられる。右の如き場合には労働者にとつて最大の労働条件ともいうべき、解雇(普通解雇は勿論懲戒解雇も)も亦右労働条件にふくまれ、事前協議の対象になるものと解するのを相当とするところ、本件解雇につき右事前協議のなされた形跡はなく、また本件疎明によると、会社は本件解雇をなすに際し昭和四五年一一月二四日賞罰委員会を開催し、その委員として会社役員のほか、一般従業員から組合委員長たる尾崎博明外組合役員一名、一般組合員二名が出席し、右解雇の当否について討議をしているのであるが、右討議はあくまで従業員個人の資格においてなされたもので組合としての立場からなされたものでないことが疎明せられるから、右賞罰委員会での組合員の意見の開陳をもつて未だ前記事前協議と同視、またはこれに代わるものとすることはできない。

そうすると、会社がなした本件解雇の意思表示はその手続に違反するものとして無効といわねばならず、申請人は現在なお会社の従業員であり、会社から賃金を受けうる権利を有するものというべきである。

しかしながら、会社が申請人らの解雇事由とするところはいずれも申請人らが乗車料金のうち金四、〇〇〇円ないし五、〇〇〇円を着服横領したというのであつて、この事実は本件疎明により一応認められ、他に右認定を覆すに足る疎明がないところ、右事由は懲戒解雇に該当すべき蓋然性が極めて高いものであり、また右行為が不当労働行為に該当することを肯認すべき疎明もない(申請人らはこれらの点についていずれも疎明の意図がない)。そうすると、申請人らは会社において解雇手続を誤らず、再度解雇の措置をとる場合には従業員としての地位を喪失すべき蓋然性が強く、現在の申請人らの地位は極めて不安定な状況にあるものというべく、かかる状況下においては申請人らに対し仮の地位を定め、あるいは将来の賃金の仮払をなすべき必要性は未だ存しないものというべきである。

ところで、賃金を主たる生計の資としている労働者にとつて、解雇が無効であるに拘らず、賃金の支給を絶たれることは、特段の事情のない限り、著しい損害を蒙るであろうことは明らかであるが、申請人らはそれぞれ賃金の仮払を求めるべき具体的な必要については何ら疎明もなさないから、一般的な生計費等を斟酌してその必要性を判断せざるをえないところ、申請人らは、いずれも、解雇後現在までの賃金として、当事者間に争のない賃金の内金金六〇、〇〇〇円の仮払を受けることにより一応その必要性は充たされるものと解するのを相当とする。

よつて、申請人らの申請を右認定の限度において正当として認容し(無保証)、その余は失当として却下すべく、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 大野千里)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例